2013年3月30日土曜日

受付け嬢?送別会!

いよいよ3月も残すところあと数日で終わりです。桜が咲き終わりあとは散るだけの悲しい時期になりました。
さて、みた接骨院で4年間にわたり受付け業務をしてくれた町田さん(午後と土曜日担当)が、3月でみた接骨院を退職することになりました。そこで町田さんを囲んでスタッフ総出で送別会を行いました!普段はなかなかスタッフ全員が揃うことがないので、盛り上がりすぎて大騒ぎになってしまいました(汗)

4年前に院内に受付け募集チラシを貼りだしたのを見た患者様が「真面目でいい人がいるよ!」と町田さんを推薦して下さり、話が繋がり町田さんが面接に来て下さいました。

当時はまだスミちゃんと斉藤君と自分の3人で仕事をしていてドタバタしていたので受付けにかかる負担もかなりあったと思います。今思い返せば相当無茶なお願いをしたことも多々ありました(笑)また町田さんはちょっとメカに弱いところがあり、PCが動かなくなったりプリンターの調子が悪くなったりと色々とトラブルがありましたが、それでも町田さんはいつも笑顔で暖かいお人柄で多くの患者様に、そして我々スタッフに接して下さいました。

昨夜は過去の笑い話?を思い出しながらみんなでたらふく焼き肉を食べ、お酒をので大いに盛り上がりました。最後にみんなで町田さんに花束を渡し、町田さんへの感謝の言葉を一人一人述べてお開きとなりました。何よりも町田さんが「楽しく仕事が出来ました」と言ってくださったのがとても嬉しかったです。町田さん、本当に4年間お疲れ様でした!!そしてありがとうございました!!3月分のお給料を渡すのをすっかり忘れていたことは内緒です(笑)

ちょっと午後が寂しくなりますが、町田さんは洋光台駅周辺でうろうろしているようなので、見かけたらどうか声をかけてあげて下さい。接骨院にもちょこちょこ顔を出すと言っていたので、ぜひ声をかけてくださいね。

さあ、いよいよ新年度の4月です!気合いを入れて行きましょう!!



2013年3月27日水曜日

お花見ラン!

3月の最終週に入り、いよいよ桜が満開になりましたね。今年は早く桜が咲いたものの、温度が下がったことで長持ちしそうな感じですね。
自宅前の桜で、満開です
昨夜も夜練で斉藤君と一緒に洋光台を走りました。車に乗っているとあまり気にすることはありませんが、歩いたり走ったりすると洋光台、港南台周辺のあちこちに桜があることに気がつきます。たまに視点を変えてみるといろいろなものが見えてきますね。

昨夜は斉藤君が「今日はのんびり走りますよ」というので、そのペースについて行くことにしました。軽快にスタートして環状3号につく頃にはそこそこのペースになっていて「あれ??もしかしたら今日も速いペース?」と思いながらもどうにかついて行きました。が、やはりゆっくり走ると言っていた斉藤君もスイッチが入ってしまったようで、ランニング初心者の自分には明らかに速すぎるペースだったため、だんだんと引き離されてしまいました。最終的には50m以上離されてゴールしました。驚いたことに、斉藤君はそのあとも走って自宅に戻りました。朝聞いたところ合計で11km走ったそうです。

例によって走りながら「ここでやめたら楽になるだろうな・・」とか「今日はここでやめてしまおう」など弱い自分が出てきました。きっとランニング初心者にはよくある?症状だと思うのですが、斉藤君が前を走ってくれていた事もありどうにか自分に負けることなく終えることが出来ました。ランニングをずっとしてる人は同じようなことを思わないのか?とやや不思議になりますが、目の前のことにフォーカスしていると余計なことを考えなくて済むことをランニングを通じて学習しました。

トライアスロン本番まで残りあと1ヶ月ちょっと(5月12日が本番です)継続して練習をして行こうと思います。毎週火曜日、金曜日はたいてい走っていますのでお時間のある方はぜひご参加下さい!!(今週の3月29日金曜日は送別会のためお休みです)

2013年3月22日金曜日

夜練復活??

自宅前の桜はまだ咲いていませんが・・
すっかり桜が咲いてしまいましたね。4月に入る前に満開になるのは確実のようです。こうなると入学式にはすっかり葉桜・・ちょっと寂しいですね。

さて、トライアスロンの練習を始めて約1ヶ月半。着々と練習を積み重ねています。2月は泳ぐため、走るための準備の期間としてフォームを固めるためのドリルなどをやってきました。3月に入りフォームが固まってきたことを感じてきたので、今度はそれを実践に活かすために外を走ることにしました(それまではスポーツクラブのトレッドミルでした)

先週から火曜日、金曜日に仕事のあと着替えて洋光台を走り始めました。いわゆる夜練の復活です!そのことを昼食時に話したら斉藤君が初日の練習に付き合ってくれました。走りながらペースを管理してくれ、さらに細かいアドバイスをもらいながら一定のペースで走ってくれたので、どうにか走ることが出来ました。初日と言うこともあり、途中で苦しくて倒れそうになったことはもちろん内緒です(笑)

コースは以前駅伝大会に向けてみんなが練習していた5.18kmの周回コースで、環状3号から港南台を回って生協の坂を登って接骨院に戻ってきます。アップダウンがそこそこあるので、ランニング初心者の自分にとってはかなり刺激的なコースです(汗)

2回目はスミちゃんが付き合ってくれました。といってもスミちゃんもかなり久しぶりだったので、置き去りにしてしまいしましたが・・。3回目は増永君、すみちゃんが付き合ってくれました。スタートから増永君のペースに引っ張られてペ^-酢が上がりすぎてしまいました。増永君は2km過ぎた辺りからスイッチ?が入ってしまったらしく、ペースをあげたので、まったくついて行くことは出来ず、撃沈してゴールしました。やはり仲間と一緒に走る方が楽しいし、


毎回走りながら「どうしてこんなに辛いのに走るのかな?」と禅問答のように考えてしまいます。しかし大会を走るにはそこそこの練習が必要なので、目の前の事に集中して練習を重ねて行こうと思います。あんなに走るのが嫌いだった自分がまさか洋光台を走るとは!ちょっと自分でも驚いています。「継続は力」という言葉を信じて続けて行こうと思います。

火曜日、金曜日はたぶん洋光台周辺で走っているので、参加ご希望の方はぜひ声をかけて下さい!一緒に走りましょう!!

2013年3月18日月曜日

卒業試合

3月も後半に差しかかり、桜がうっかり咲いてしまうほど暖かい日が続いています。

さて、3月17日(日曜日)にお世話になっている立野高校アメフト部で卒業試合があり顔を出してきました。卒業試合はいわばOB戦のようなもので、先日卒業した3年生とOBVS現役選手の戦いです。卒業生は引退してから練習をしていない選手もいるので、現役選手の方がある意味有利です。
白・現役チーム
緑・卒業生チーム

試合は卒業生チームのオフェンスから始まりました。練習をしていないはずの卒業生はなかなかの動きを見せて着実にゲインを奪います。現役選手も食らいついてどうにか前進を止めますが、大学でフットボールをやっている選手もいるためパワフルなプレーをして後輩達にエールを送ります。
ダラダラとドライブが続き、TDを奪う卒業生チーム!逆に現役選手達は卒業生チームの強力ディフェンスをなかなか攻略できず、前進が出来ません。膠着状態が続き前半を6対0で折り返します。

後半に入り、卒業生チームはラインをやってきた選手達がバックスに入ってボールを運びます。数回プレーするとすっかりバテバテでみんなの笑いを誘っていました。ラインの選手は3年間試合はもちろんのこと練習も含めてほとんどボールを持って走るチャンスがない縁の下の力持ちです。そんな彼らがボールを持って走れるのも卒業試合ならではの光景です。
さらに勝負に出た卒業生チームは長いパスを使ってゴールに迫り、だめ押しのTDを入れて後輩達を突き放します。しかし現役チームもバテてきた卒業生チームの油断を突いたパスプレーでTDを奪い一矢報います。

結果、12対6で卒業生、OBチームが勝利を収め、笑顔で試合は終了しました。卒業試合を見ていると卒業生達は本当にフットボールを楽しんでプレーしているように見えます。現役の時には「勝つ」と言うことに目的を置いていたのでフットボールを楽しむ余裕が無く、目の前のプレーに集中していますが、卒業したことで目的が変り力がすっと抜けて心から楽しめるのだと思います。

試合終了後に保護者の方々と卒業生を囲んで一緒に会食をさせていただきました。毎年3年生のコメントを聞くのを楽しみにしているのですが、後輩の結婚式があったため全員のコメントを聞けずに失礼しました。

彼らが3年間フットボールを通じて学んだことは一生の宝になるはずです。彼らはきつい練習しているときに「やめたい」「つらい」「逃げ出したい」とずっと思っていたはずです。しかし逃げ出さずに向き合い仲間と助け合って3年間やり遂げたという経験は、社会人になったときにきっと役に立つはずです。なぜならば社会人になれば嫌なことや逃げ出したいことばかりだからです(汗)

また彼らはフットボールを通じて仲間の大切さも学んだはずです。濃い時間を一緒に過ごした仲間は一生の仲間となり、何か起こったときに力を貸してくれるはずです。

どうかここで学んだことを胸に新しい世界に羽ばたいてもらいたいと思います。また大学でフットボールを続ける卒業生も、続けない卒業生もいつかまたこのグランドに戻って、後輩の指導やフットボールに恩返しをしてもらいたいものです。

卒業生の皆さん、お疲れ様でした!!




2013年3月15日金曜日

311の陸前高田・街中編

自分が初めて陸前高田を訪れたのは2011年7月で、ボラ仲間が企画した炊き出しに参加しました。当時はまだ仮設住宅が出来ておらず、公民館、体育館、小中学校などが避難所になっていて、そこにお邪魔して整体をさせていただきました。ここで今のチーム恵比寿の代表である加倉井さんと出会いました。
当時の陸前高田の街の中は瓦礫が山のように積み上がり、あちこちにぐしゃぐしゃになった車が放置?してあったことを覚えています。海沿いを走れば生臭いにおいがしていて、奇跡の一本松が遠くに見えていたのが印象的でした。また沿岸部に広がった陸前高田の街には津波で破壊された建物があちこちにあり、ショックを受けました。コンクリートの建物の外側は残っていますが、津波が通過した室内はめちゃくちゃで見るに堪えませんでした。
当時の街の様子を書いたブログはこちら
当時の活動の様子を書いたブログはこちらその1その2



そして、昨年の1月に再び陸前高田にお邪魔しました。この時はチーム恵比寿のメンバーとして参加しました。2011年7月に比べるとかなり街の中にあった山のような瓦礫が多少片付いていた記憶があります。あちこちにあった車は一カ所に集められていましたが、あまりにも多くてその数に驚きました。またコンクリートの建物もまだまだ残っていて、まるでオブジェのように見えました。
当時の活動の様子を書いたブログはこちら前半後半


2012年1月の様子

で、そこからさらに1年経った先日見た陸前高田の街中は昨年の1月に見たものと比べると、破壊された建物がほぼ取り壊されて更地になっている場所が増えていました。なので海側から町の方を見ると一面更地が広がって、その合間を道路が走っているまるでジオラマのような状態でした。ここから未来のことを考えた街づくりが始めるようです。

たまたまほぼ同じアングルの写真が見つかったのでアップしてみます。この写真は沿岸部にある雇用促進住宅と呼ばれる建物で5階建が前後に2棟建っています。前側は津波をもろにかぶり4階まで水が入りました。5階は窓も破れずに残っています。また後側は前の建物が防御壁となり難を逃れました。

2013年3月の様子
ちなみにこの雇用促進住宅は陸前高田市での保存が決まったそうです。

しかし保存するのは前側だけで後側の棟はすでに取り壊しを始めていました。たまたま後側を通ったときにも写真を撮ったのですが、半分は壊されて見る影もなくなっています。

ちなみに3月11日には希望の一本松が剥製になって披露されるはずでしたが、完成したものを見た地元の方が、枝の付き方が違う!と意見し、やり直しになったため披露が先送りになりました。なのでこの日はヤグラが組まれたままの状態で遠くから眺めるだけで終わりました。

雇用促進住宅の後側からのアングル
陸前高田では保存する建物と、取り壊す建物をはっきり分けていて、以前はあった市役所や高田病院などはすでに更地になっています。被災した大きな建物をすべて保存するにはカナリのお金がかかるため、取り壊さざるを得ない状況のようです。また昨年何度となく通った気仙沼の鹿折駅前のタンカーも持ち主が撤去を求めているそうです。残せばお金がかかる、残さなければ忘れられてしまうという相反する状況の中で苦渋の選択をしなければならない行政や地元の方の思いは複雑だと思います。

これらの写真はほんの一部です。マスコミの報道を見て「復興している」と思われている方もいるかも知れませんが、現地で目にする情景はとても復興とはほど遠いものです。どうか小さな事でも構わないので被災した地域のことを心にとめていただけたらと思います。

今回の午前の活動はこちら
今回の午後の活動はこちら

311陸前高田で見たもの・午後編

午後からは滝の里、西風通、米崎小学校、米崎中学校の4カ所の仮設住宅に分かれての活動になりました。滝の里にメンバーをバスで送り届け、その後米崎小学校に全員をおろし、そこから自治会長さんに各仮設に送っていただきました。

僕らを米崎中学校仮設まで送ってくださった米崎小学校仮設の佐藤自治会長さんは「桜ライン311」という活動をなさっている方で、津波が到達したところに桜を植えることで、未来に向けて津波の威力を伝え、津波によって奪われる命を減らすための活動をなさっています。実は米崎小学校のすぐ近くに桜が植えられていて、あと数m津波が来ていたらここも飲み込まれていた可能性があったとのことです。「えっ?こんな所まで??」というのが正直な感想でした。僕らがそう感じる位ですから、現地に住まれている方もまさかこんな所まで津波が来るはずないと思っていたかも知れません。
自分が午後に担当させていただいた米崎中学校仮設の集会場はこれまで行った仮設の中で一番小さな集会場でした。コンテナハウスを改造したような可愛らしい集会場で、毎日午前中にお茶飲み会が行われているとのことです。

僕らが到着するとすでに数人の方が待ち構えてくださりました。慌てて準備をして施術を開始しました。午前中がかなりヒマだったので、ここで取り戻すべく気合いを入れました。結果、時間の都合でお断りするほど皆さんが予約を入れてくださり、合計12名の方を施術させていただきました。

途中、午後2時46分には町中にサイレンが鳴り響き、我々も海に向かって黙祷させていただきました。この時間には予約を受けず、皆さんも各ご家庭で黙祷されました。

今回施術させていただいた方の中に2名ほど、普段から8000歩~1万歩歩かれている方がいらっしゃいました。職業柄?体を触ると筋肉の緊張しているところや緩んでいるところが瞬時にわかるのですが、たくさん歩かれている方は明らかに背中の筋肉の緊張が少なく、足にも適度な張りがあり痛みや不快感を訴える様子がありませんでした。逆に一日中こたつに入ってテレビを見ている方は背中の緊張が強く、肩こりや腰痛を訴える方が多かったです。これはここの仮設住宅だけに言えることではなく、いままで伺った仮設の皆さんでも感じた事でした。不便な場所にある仮設住宅なので、必然的に車を使った生活になってしまうので、歩く距離が減ってしまうのは仕方がないことかも知れません。しかし歩かずに家に閉じこもった方々は、いわゆるロコモになる可能性が高いので、早急に手を打つ必要性を感じました。パワープレートをここで使えたら!!と本気で思いました。

米崎中学校仮設で16時30分頃まで活動をさせていただき、大船渡の屋台村に集合して反省会をしました。大船渡で反省会をするのは初めてだったのですが、賑やかにお店が増えていて人が集まっていたので前進している感じを凄く受けました。やはり人が集まってわいわいやっている場所にはパワーがあふれています。このパワーが復興を進めるパワーになるはずです。

午前中の活動はこちら
町中の様子編に続く

2013年3月13日水曜日

311に見た陸前高田・午前編

今回はチーム恵比寿のメンバー17人+大阪から合流されたご夫婦2人での活動となりました。大阪組のご夫婦は新潟を回って現地での合流でしたが、パワフルなお二人にはいつも驚かされます。

さて東京出発組は渋谷で予約していたバスが指定した場所にないことがわかり、一時騒然としましたが、機転を利かせて新宿に移動し替わりのバスに乗り換えて夜中の12時には無事に?出発することが出来ました。ところが横風や吹雪の影響で速度も抑えめで、さらに一ノ関から先が通行止めになったため、我々が降りるべき一ノ関が大渋滞となりました。おまけに降りたところで大きなトラックが2車線を封鎖するスリップ事故でさらに大渋滞(汗)いつもならばゆっくりと市内を視察できるのですが、度重なる渋滞の影響ですべてキャンセルになり直接会場へ向かいました。

さまざまなトラブルが重なったものの、どうにか矢作多目的地域センターに開始時刻ギリギリで到着し、慌てて会場を作ってドタバタしながらのスタートになりました。

午前中は矢作多目的地域センターというところで陸前高田の社会福祉協議会が開催した健康相談会とのコラボ企画でした。血圧測定や保健師さんとの相談をしている横で、いつものように整体、ネイル、ヘアーメイクなどを楽しんでいただきました。

この地域センターはいわゆる仮設住宅に隣接しているわけではなかったことと、311という日程が微妙に影響したせいか、あまり多くの方はお見えにならずじっくりと時間をかけて施術することが出来ました。やはりネイルやヘアーメイクは人気が高く、予約でいっぱいでした。



たまたま自分が施術させていただいたトシコさんは、施術が終わった後に約1時間、震災当時の話をしてくださいました。相づちをうって話を聞いていると、震災前に腰の圧迫骨折をしたこと、震災当時に裏山に腰が痛いながらもどうにか登ったこと、海の方を見ると真っ黒な煙が上がり、すべてを飲み込んでいった事、家から何からすべて流されたこと、別々に逃げた旦那様と裏山の上で再会したこと、近所の方々と神社に集まって避難したこと、津波で流された車が何台も山の中に重なっていたこと、あまりの極限状態で配給されたおにぎりも水も喉を通らなかったこと、こだわりの木を使った大きな家に住んでいたことなど詳細に聞かせて下さいました。

そして最後には「生き残って、みんなに活かされているからまだまだお父さんと一緒に頑張らないと」と涙ながらに仰っていました。最近になって人に震災当時の事を話せるようになってきたと話すトシコさんですが、お仲間の皆さんと一緒の時は明るく振る舞っていますが、夜になると睡眠薬がないと不安で眠れない状態が今も続いているとのことです(トシコさんと交流のあるチーム恵比寿のメンバーからの情報)表面上は明るく振る舞って下さる皆さんですが、心に秘めているダメージは相当なものなのだと改めて感じました。

現地に行く度に感じますが、大人でも昼と夜で精神的な変化が出るくらいですから、子供達の秘められた精神的なダメージを考えると心が痛みます。もしかしたら本当に癒しが必要なのは子供達なのかも知れません。残念ながら我々がお邪魔する時間は日中が多く子供達が学校に行っているので、なかなか子供達に癒しを届けることが出来ません・・。土曜日や日曜日にお邪魔するしかないですね。

午後編に続く


2013年3月12日火曜日

陸前高田から戻りました!

すっかり春のような陽気になりましたね。このまま桜は咲いてしまうのでしょうか??

さて、3月11日にチーム恵比寿の仲間と一緒に陸前高田に行ってきました。3月10日の夜に出発して、12日の早朝に帰ってくる弾丸ツアーでした。

出発時に予約したバスが営業所にない!という前代未聞の大トラブル巻き込まれ、出発も危ぶまれましたが、メンバーが機転を利かせてバスを確保し出発時間が1時間遅れただけで済みました(汗)

しかし途中東北道は強烈な横風と雪で視界が悪く、通行止めや交通事故によっていつもよりも到着に時間がかかりました。そのため陸前高田市内の視察は出来ず、直接活動場所に向かうドタバタぶりになりました。

細かい活動内容につきましては後日アップいたしますが、今日は無事に到着したことを報告いたします。睡眠不足であまり思考が働かず・・。



2013年3月9日土曜日

祝!8周年!!

すっかり春の雰囲気になってきましたね。
寒の戻りはあるのか?と思うと油断も出来ませんが・・。

さて、3月9日にみた接骨院はお陰様で8周年を無事に迎える事が出来ました!!
これもみた接骨院を支えてくださる患者様、スタッフ、兄弟弟子、諸先輩方、家族と多くの方の支えがあってのことです。改めて感謝申し上げます。

毎年思いますが、時間がたつのはほんとうに早いですね。ついこの間5周年!と言って喜んでいたと思っていたらもう8年!!子供で言うとやっと小学2年生です(汗)まだまだ修業の道は長く続くのです・・。

9年目となる今年は、今までのみた接骨院の壁?を取り外し、新しいステージに突入させるつもりでいます。現在そのための準備として木曜日に東京に勉強に行っています。どのような形になって皆さんに報告できるかは今のところはわかりませんが必ず形にして、みた接骨院のキーコンセプトである「心身共に健康な状態」を患者様が取り戻せるような接骨院を目指したいと思います。

またスタッフも昨年より著しい成長を見せ、自分も安心して接骨院を任せられるようになってきました。もしかしたら院長の自分がいないほうが活き活きと治療をしているのかもしれません(笑)なので?今年も東北にちょいちょいお邪魔する予定です。

ということで、9年目を迎えたみた接骨院を引き続きよろしくお願いします!!

2013年3月7日木曜日

3月11日

温度が少し上がり始めていよいよ春がそこまでやってきた感じですね。

さて、来週3月11日は早いもので大震災が起こって丸2年になります。時間が経つのは本当に早いものです。

その3月11日(月曜日)ですが、約1年ぶりに陸前高田にチーム恵比寿のメンバーと一緒にボランティアでお邪魔することにしました。つきましては予約枠が減りますので、通院中の患者様にはご迷惑をおかけしますが、どうかご了承ください。




今回は陸前高田の社会福祉協議会からの依頼で、協会主催の「お茶っこ飲み会」での整体、美容系の活動となります。長く現地に通い続けていると現地の方々との信頼関係ができるので思わぬ所から活動依頼が来るようになってきたようです。とりあえず自分の出来ることをめいっぱいやってこようと思います。

先日ニュースで高田松原にあった一本松の修復作業が完了して、設置されたとやっていました。きっと3月11日に向けて急ピッチで作業をしたのでしょう。さっそく見学に行く予定です。もちろん、その様子はこちらのブログでレポートします!

今年も東北地方に心を寄せながら、活動を続けて行こうと思います。

2013年3月4日月曜日

三浦国際市民マラソンの応援に行ってきました

3月になったものの、やはりなんだか肌寒い日が続きますね。春はまだ遠い??さて3月3日(日曜日)に行われた三浦国際市民マラソンの応援に行ってきました!

今回はマラソン部元?部長のスミちゃんだけではなく、荷物持ちにかり出された倉垣君、みた接骨院に通院中の患者様も3人(ハーフ、10km、5km)出場されていたので、トライアスロンのトレーニングも兼ねて自転車で三浦までひとっ走りしてきました。

鎌倉から葉山・佐島を通って、途中からキャベツ畑を超えて、三浦海岸駅の周辺を通過したらあまりに凄い人でちょっと驚きました(汗)皆さんすでにウエアに着替えていて、準備万端!!といった感じでした。海沿いに出るとスタート待ちをしている人がこれまたたくさんいて、さらにトイレ渋滞?あちこちで発生していて身動きが取れないような状態でした。
大きな荷物を背負って見守ります

これではみんなと会えないなと思って、荷物持ちとしてかり出された倉垣君に電話をしたらまさかの留守電で繋がらず(汗)

スミちゃんに電話をしても繋がらず・・このまま合流できずに帰るかな?と思っていたところスミちゃんから電話があり、トイレに並んでいたそうです(笑)

右を向いても左を向いてもランナー、ランナーで通路も歩けないような状態です。こんな感じで本当にスタートできるのかな??と思いながら、スタート5分前にスタート地点近くのコンビニ前で倉垣君とどうにか合流できました。

スミちゃんの大量の荷物を抱えていて「重いっす」とカメラを構えながら苦笑しています。この日は洋光台に7時に集合で、京急に乗り換えるとマラソン参加者がぎゅうぎゅう詰めで大変だったそうです。いくら先輩命令?とはいえ、休みの日に早朝から荷物持ちとしてかり出されるのは大変ですよね・・。今回一番の功労者は間違いなく倉垣君ですね(笑)僕はスタートを見届けてすぐに帰宅しましたが、倉垣君はゴールするまで寒い中約1時間じっと待っていたそうです。

一眼レフを構えて備えます
おまけに元?部長にマラソン中の写真を撮るように強要され?一眼レフを持参でスタートを待ってました。スタート時は人が多くて走れないため、ほぼ歩いている感じだったので、写真も撮り放題だったようです。が、ゴール地点では元?部長はかなりお疲れだったようで、全く笑顔のないうつむき加減の写真しか撮れなかったそうです。この写真は近日中に倉垣君がスタッフブログでアップすると思います。奇跡のショットはあるのか??

日曜日の昼過ぎにスミちゃんから無事に完走したというメールが届きました。練習の量はウソをつかない?らしく、怪我もなく完走できて何よりです。例によって月曜日にはすっかりやる気になっていて次のマラソン大会にエントリーしようと企んでいるようです(笑)終わってすぐはテンション上がっているので、このテンションを大会までキープするのは難しいようですが・・またみんなで応援してあげてください(笑)

荷物持ち?の倉垣君が書いたブログはこちら












2013年3月1日金曜日

いよいよ!?三浦国際市民マラソン

いよいよ3月に入りました。ついこの間2月が始まったと思ったら、すぐに3月です。いよいよ春の足音が聞こえてきた感じですね。

自分がトライアスロンに挑戦します!と宣言してからほぼ1ヶ月が経ちました。おかげさまで順調に練習を積み重ねています。先日のブログにも書いたように、今はスピードよりも正しいフォームを作ることを意識して練習をしているので正直まったくスピードは上がっていません(汗)スピードを上げるとどうしても運動強度が上がりますし、関節や筋肉にかかる負担も多くなります。なので正しいフォームを作った上で少しずつスピードを上げて体を慣らしながら5月12日の本番を向かえる予定です。
港南区民ランニング大会より
さて、マラソン部元?部長のスミちゃんが出場する三浦国際市民マラソンがいよいよ今週末の3月3日に迫ってきました!!当時のスタッフブログによると、このマラソンへのエントリーを決めたのが10月20日で、ちょうど「たまがわクリーン駅伝」が終わってしばらくしてからでした。その当時は「私、やりますよ!」と異様に?テンションが高く、勢いもありました。が、本番を1週間後に控えた先週くらいから様子を見ていると「あれ??本当に3月3日のマラソン大会に出るんですか??」と心配になるくらいテンションが下がっているのがわかります(汗)話を聞いていると練習もさほどしているような気配もありません・・。どうもこのまま練習をしないで勢いで?本番に臨む戦略に切り替えたようです(笑)
実はマラソン部の活動がスタートした時は、「みんなで東京マラソンに出よう!」というのが部としての目標でした。しかし過去に30kmのマラソンに挑戦したことがある増永君が「いきなりフルマラソンは無理だと思います」と冷静にたしなめた結果、たまがわクリーン駅伝への出場が決定したという背景があります。

たまがわクリーン駅伝に出場したことで、走る楽しみを知った元?部長ですが、やはり長くモチベーションを維持するのは難しいようですね。さてこの状態で本番はどのようになるのか??やや心配な感じもしますが、どうかみなさんスミちゃんの応援お願いします!!